第19回目は国際文化アナリストの目崎 雅昭様をお招きしました。
1993年メリルリンチ証券へ入社。金融派生商品トレーダーとして金利スワップを担当し、メリルリンチ社内で世界一の収益をあげる。メリルリンチ証券退社後、世界100ヶ国以上へ10年近い歳月をかけた旅に出る。2006年、ロンドン大学にて社会人類学の修士号を取得後、それまでの異文化の体験と世界水準の学術的な理論の融合を求め、チュニジアを皮切りに1年かけてアフリカ大陸全土を歴訪。帰国後、W・Kアドバイザリー(Wolfgang Kreft Advisory)日本代表に就任。
著書『幸福途上国ニッポン』(アスペクト社)
以下、セッションの一部をダイジェスト形式でリポート致します。
世界放浪の旅
みなさんは外国に行ったことはありますか?まずはじめに、私が訪れた国々の写真をお見せしましょう。
≪自然の神秘・ウユニ塩湖≫
さてここはどこでしょう。天国ではありません。
南米ボリビアのウユニ塩湖といって、塩水の湖です。通常は水が干上がって塩だけが残っていますが雨季には5センチほどの水が溜まり鏡のようになります。大きさは千葉県の約二倍。それだけの大きさの湖面が空や雲を映し出すのです。
≪モアイ像とモヤイ像≫
さて、これは何でしょう。チリ、イースター島のモアイ像です。ではこれは?はい、これは渋谷駅前のモヤイ像です。こちらは新島から贈られたものです。ちなみに、イースター島のモアイ像は宇宙人が作ったなどと言っている人がいますが、これはイースター島の住人が権力の象徴として作ったのです。
地図を見れば解る通り、イースター島は太平洋の真ん中の小さい島です。海の向こうの大陸との交流も無く島の中の限られた資源で暮らしていたわけですが、そのうち森林が伐採されすぎて部族間の争いになりました。モアイ像は部族の縄張りを示す同時に権力も象徴していることから競って大きい像を創るようになりました。ところが財力が無くなってきました。さてどうするか、、、。そう、相手を倒すという手法に出るようになったのです。
これは民族が文明的に崩壊した一つの例と言えるでしょう。(⇒詳しくは ジャレドダイアモンド著「文明崩壊」にて。)
≪イグアナ・進化≫
次はイグアナです。これはもともと陸の生物でしたが時を経るにつれて水に住むイグアナが生まれ、更に陸と海の混合種が誕生しました。現在は3種のイグアナが存在し、進化論を地で行く様子を目の当たりにできます。
≪シマウマ≠家畜≫
シマウマはなぜ家畜にならなかったのか知っている人はいますか?シマウマは気性が荒すぎて家畜には出来なかったんです。実は家畜になる動物の条件はすごく限られていて、数十種しかありません。また家畜がどこに分布しているかという事は文明の進化に大きな影響を与えています。
≪ペンギン・アフリカ≫
こちらは海岸に群れるアフリカペンギン。ハトのように普通に目にする事ができます。アフリカとペンギン、、、なかなかイメージしづらいところですが、実は南アフリカは南極に近いのでなんの不思議もないのです。
≪マサイ族・建築資材≫
アフリカマサイ族です。後ろに移っているのはマサイ族の家ですが、何で出来ているか知っていますか?牛の糞です。家ですから当然固く頑丈です。また日本の湿度ではそうはいかないでしょうが乾燥しているアフリカでは匂いはありません。究極のリサイクルですね。
≪実は楽じゃないラクダ≫
これはラクダに乗って移動している写真です。実はラクダに長時間乗っているのは楽ではないのです。ですから実は1時間程したら歩いている人と交代し、疲れたらまた交代という風にしながら移動していました
≪世界一長く遅い電車≫
次は南アフリカの鉱石輸送列車。世界で一番長く遅い電車と言われていてその長さは実に2000メートル!この電車は人が乗るのはただなので、これに乗って移動したこともありましたが砂の混ざった風に打ち付けられ、快適とは程遠いものです。そんな時に役に立ったのはターバンでした。
≪日本人としての影は・・・≫
そうこうしているうちに、パキスタンの新聞社から旅人として取材を受けることになりました。掲載された内容を見てみると肩書きは「旅人」ではなく「エコノミスト」。記事の脇の写真はすでに日本人としても面影が無くなっていました。更にはアメリカ入国の際にはアルカイダではないかと疑われ、3時間に及ぶ尋問を受ける事になったり、、、色々な事がありました。
旅に出たきっかけ
さて、なぜ私がこんな風に旅をしようと考えたのかをお話ししましょう。
大学卒業後はメリルリンチ証券でトレーダーとして働いていました。トレーダーはいかにしてお金からお金を生むかを追求する言わば結果が全ての仕事です。
そんな生活に対し時に疑問や、時にやりがいを感じながら続けてきたものの、結果的には「はたしてお金だけでは幸せになれるのだろうか」という気持ちに苦しめられるようになりました。
このまま会社にいれば目の前にいる上司のような立場になれる事は想像できました。でもそれを幸せな姿としてイメージできない。では、どうすれば良いのか!?
ところがその「どうすべきか」が見つからない。
自分がしたい事すら分からない。私は考えに考えました。そうこうするうちにやりたい事が見つからない理由は自分が先進国しか知らない、すなわち価値観もライフスタイルも同じ世界のなかでもがいているにすぎないからではないか?という考えに突き当たったのです。
放浪の旅・こだわりの発見
ならば違う世界、世界観が変わるように自分を仕向けてみよう!
これが結果的には10年に及んだ旅の始まりです。
まずはインドに出向いて瞑想をしました。瞑想は資本とは真逆のところにあると考えたからです。
当初インドには数か月滞在し、世界旅行は3年で終わらせようと思っていました。なぜなら3年が社会復帰できるぎりぎりのラインだと考えていたからです。ですがしばらくするうちに
復帰を心配する事自体が資本主義に対するこだわりだったのだという事に気づきました。
新しい判断基準が欲しくて旅にでようとしたにも関わらず当時の善悪判断は日本の基準だったのです。
高校時代
勉強などまるで興味が無かった僕は、ある日友達と大騒ぎをしながら渋谷ハチ公前の噴水で泳いでいました。そのとき僕は羽目を外しながら、そんな自分をクールだと思い優越感に浸っていました。ところがそれを見ていた外国人の友達から言われた言葉はたったの一言。
「君たちストレスあるからね」。 すっかり拍子抜けです。
更にはカタルニア人のその彼は「日本人は考えていない」と続けました。
「クールじゃない?」「ストレス?」「考えてない?」そんな事を言われても自分で考えているかいないかなど解らない。そもそも考えるとは何なのか?それが解らない。身近な大人も「ちゃんと考えろ」と言う。でも何を考えたら良いのかは教えくれない。もう訳が解らなくなってしまいました。
そんな折、アルバイト先の50代の出稼ぎのおじさんに言われたんです。「自分の若いころは勉強をしたくてもできなかった」。はじめは良くある話だと思って聞き流していたのですが、最後に言われた言葉にぐっときました。
「俺みたいになるなよ。」
・・・この一言をきっかけに痛烈に勉強の必要性を感じました。
英語・読書
ところが今まで勉強などしてこなかったのだから何から手を付けたらいいのかわからない。
まずは「英語」と「読書」にターゲットを絞りました。英語はともかくなぜ読書か?
なぜなら人から話を聞くのは限りがある一方で読書は自分から情報を取に行くことが出来ると考えたからです。しかも本を読む事によって作者との対話が出来る。それが古典ならば何千年も前の人間と話すこともできる。すごい事だと思いませんか?
英語を勉強したい・ジュネーブへ
そんな折、友達からジュネーブ大学のフランス語講習に参加する誘いを受けました。
英語を勉強したいのにフランスへ??当時の自分はフランス語をマスターする事の意義などまるでわからなかったので当然ながら躊躇しました。しかし同時にここであえて自分で計画していない事に乗ってみるのはどうかと思うようになりました。
その結果はと言うと、予期せずフランス語と英語の両方が身に付いたのです。フランス語を学ぶといっても、一歩授業を離れると多国籍の生徒同士の日常会話は英語だったからです。もしもアメリカに行っていたら日本人同士でつるんでしまっていたかもしれません。
日本人は不幸せ?
留学中にはいろいろな人から日本の事を聞かれたのですが、これがもう全部ダメ。自分の国のことなのに何にもわからない。それだけではなく自分が何者なのかすらも説明できない。そんな自分に愕然です。「はたして仲間たちは自分の事をわかっているのだろうか。」彼らを観察してみました。
僕の目に映った彼らの行動パターンは、、、。
①思った事を自由に発信している。
②感情表現が豊か。
③好き嫌いがハッキリしている。
④自分が何をしたいかを知っている。
なんだかとても幸せそうです。
これを日本の社会にてらしあわせてみました。
①思った事を自由に発信しているか? ⇒ 日本でそんな事をしたら「KY」だと言われる。
②感情表現が豊かか? ⇒ 「子供っぽい」「男らしくない」と言われる。
③好き嫌いがハッキリしているか? ⇒ 「ワガママ」だと思われる。
④自分が何をしたいかを知っているか? ⇒ 「自己中」と言われる。
残念ながら日本人が幸せそうでないと思われてもうなづける結果でした。
お金持ちなのに幸せじゃない?
1958 年からの資料をみてみると、日本のGDPは7倍近くにもなっているのに、国民の生活満足度指数は7倍にはならず、1958年と同じ数値です。7倍もお金持ちになっているのに幸せ度は増していないなんておかしいとおもいませんか?なぜなのでしょう。
日本人は生まれつき生活に満足できない国民性なのでしょうか?
これと対照的なのがラテンアメリカです。彼らの国はGDPが旧共産国とほとんど同じくらい低いのに生活の満足はなんと日本の3倍です。ラテンアメリカには2年ほど住みましたが本当に彼らは幸せそうなのです。
幸せってなに?
幸せと一口にいってもその内容は人それぞれで社会が教えてくれるものではありません。
結局自分が感じる事が出来なければ、自分が幸せだと感じなければそれはその人にとっては幸せではないのです。
では、より多くの人が幸せになる為に必要なものは何でしょうか。私は「多様性」だと思っています。違う事は良い事と認める、つまり「寛容性」です。人を許すことができる度合いが高ければ高いほど満足度が高くなる可能性は高い。なぜなら多様性があるという事は自分が自由であるだけでなく周りの人間も自由だからです。
ところで、皆さん、日本の社会の男女平等指数は134国中101位だと知っていますか?
これを立証するのは国会議員の男女比率です。日本の女性国会議員の数は全体の11%と、なんと女性に参政権が無いイスラム教国を覗けば世界最低です。
国の法律を作る人の中に1割しか女性がいない。これでは平等とは程遠いですね。
確かに日本は政治的、社会的な自由度は世界でもトップレベルだということは出来ますし、雇用に関しても男女雇用均等法なる法律がきちんと整っています。
しかし個人レベルではそうではない。常識が勝ってしまいなかなか法律で定められたようには事が運ばないのです。
それを象徴するかのようなアンケート結果があります。
「楽しい時間は重要ですか?」「クリエイティブである事大切な事ですか」「自分の国を誇りに思いますか」全てにおいてYESと答えた人の割合は日本は世界最低レベルでした。
このことは先ほどのGDPの話につもながります。日本は数字上は素晴らしい社会なのに人々は幸せを感じていない。つまり見た目は良くても中身が悪い。といえるのではないでしょうか?
これで良いと思いますか?
どうすれば幸せになれるの?
では、どうすれば幸せを実感する事が出来るのでしょうか、それを知る為にはその前に
人は何のために働き、何の為に勉強するのか?それが良い仕事に就く為だとしたら、何の為にいい仕事をするのですか?いい仕事の先には何があるんですか?
ここを明確にしないとおかしなことになる。
僕の答えはこうです。
「すべては自分自身が幸せになりたいからじゃないの?」
個人の幸せ以外に生きている理由はあるのでしょうか。もちろんこれは家族や友達の幸せは自分の幸せというスタンスである事が前提で、社会に貢献する事もしかりです。
未来のグローバルリーダーへ
自分にだけはウソはつかない。
やりたいことを見つけるためには、まずは自分が何者であるか。何が好きで何が嫌いかを知って下さい。えり好みをするというのは決してネガティブな意味だけではないのです。
食べ物の好き嫌いの無い人は、人生の好き嫌いはあるのでしょうか?これは好き嫌いしなさいという事ではなく、意識してほしいという事です。
なぜなら自分を知るという事は小さな好き嫌いの認識の積み重ねだからです。
社会で生きていると、他人に対しては時に本音だけでは生きられない事も有ると思います。でも、「自分には嘘をつかずに生きる。」これは皆さんの気持ち次第で実行可能です。皆さん、どうか生涯を通じて自分には正直に生きてください。
(文責:太田)
















